解放

それしかない

解放とは「個人」が解放を起こすのではありません。その個人が実は解放だったのです。個人という概念、感覚こそが解放の中に現れたのです。個人と世界が存在するという感覚、思考こそが解放の中で起こったのです。解放とは解放しかないという意味です。真我という絶対的存在とそこから解放された影の動きしか存在しないという意味です。

ならば

生まれた時からこの状態で死ぬ時もこの状態です。何も変わりはありません。解放の中で起こる経験は常に常に変化していきます。それも何も変わりません。思考の内容、確信の内容、固定観念の内容は常に常に変化します。それも何も変わりません。明日は経験がなかった、これもないのです。

個人

個人が存在するという確信がある時起こり、個人というお化けが現れました。個人という確信が消え失せ個人というお化けも消えます。ですがそれが全て真我の影であるという事実は何も変わりません。何一つ構造に変化はないのです。変化するのは影の内容だけです。生まれて死ぬまでこの影の内容が変わり続けそしてこの事実が明らかになり、明らかになろうとも構造は変わらずにこの体が消え失せるのです。

個人という概念

個人という概念が消えても生きていけるのでしょうか???個人という概念があることは分かっています。ですから個人で呼ばれてもパニックにはなりません。そして個人の存在が幽霊であることを自覚した状態で生活が続きます。思考はこの体を守るために勝手に自然に起こり続けるのです。それも何も変わりません。ただしもう個人という存在が幽霊であることは気づかれています。世界も個人が存在するという錯覚が生み出す幻影であることが分かっています。

幻影

私とはこの全幻影です。私とはこの全幻影の生みの親です。私とはこの幻影を生み出す真我です。気づきです。真我からあらゆる思考、確信、幻影が生まれそのまま真我によって気づかれます。私の人生とは真我が生み出す概念、経験、知覚です。どんな知覚が生み出されようとも全ては気づきによって気づかれます。ですから本当は何も起こっていないのです。これは真我の中で起こる現れと気づきに過ぎないのです。何も損なわず何も加わらずそのままたった一つです。このことに気づいた時、絶対の安心に包まれます。どこにも行かなくていいのです、どこにも行けないのですから。