ありのままの自分で?????

ありのまま

ありのままの「自分」という存在は存在しません。ですからありのままの「自分」というのは理屈として破綻しています。ただしありのままが「自分」という概念を起こし、、「ありのままの自分」という概念を起こするのはできます。イメージとしてそれが起こるのです。イメージとしての「私」がイメージ上の「ありのままの自分」に近づく努力をするというストーリーが生まれるのです。

ですが

ですが多くの場合そのありのままの自分は周囲とは個別分離した自分でありよってその自分のなれた(イメージ)としてもそこから出てくるのは個別感、分離感という拭い去りたい感覚です。だからどれほど完全完璧なセルフイメージになっても(想像)結局はこの違和感、不快感を拭い去れず絶望します。

絶望

絶望、、、これ以上にこの私物語を終わらせる完全完璧な動機はありません。もうこの私物語の先には先がない。。。これです、、、ここに至ることがいかに重要か、、いかに大切かです。絶望が起こると、、ありのままの自分、完全完璧な自分、、、自己実現を成し遂げた自分に「興味」が湧かなくなります。だって意味がないのですから。。。。。すると素直に、、「悟り」への関心が起こるのです。