執拗な拒絶
「私は悟りの勉強を始めてから人間関係を完全に断捨離しています。過去の人間関係の全てを遮断することに決めました、、だって悟りには無駄ですし、、、そもそも画像に過ぎないなら、、、、付き合う意味ってありませんよね??????」そんな意見は探求者には多いでしょう。ですがですが、、、これ完全に拘りですからね!!!!完全なる執着です、、、関係を作らないという執着です。そのことを分かってやっているならば大丈夫です、、執着という自覚の元それをやっているならば問題ありません。
マリオカート
マリオカートに熱中している時、、、目の前のヨッシー、ルイージを避けようと思いますか?????目の前のヨッシー、ルイージうぜー、、、ってなりますか????なりません、絶対になりません。むしろゲームには絶対に絶対に必要な仲間ですよね?????だから愛おしいんです、、自然と感謝が湧くんです。。。いまここに居てくれて有難うという感謝が起こります。
だから
目の前が画像に過ぎないと、、、本当の意味で分かった時、、、有難いわけです、、、この世界を彩ってくれて、、この世界に刺激を入れてくれて、、、。。だから拒絶しよう、、とか拒絶したい、、、という思考が湧いている本当の理由は「今が苦しい」からです。今が苦しいから、、拒絶も起こります。その拒絶を、、、、「分かっちゃったから」と思うのは新しい思い込みです。ですがですがその流れも勝手に勝手に起こっていますから、、そういう意味では何も問題はありません。