不可能
「誰か」が「悟る」これは「この分離が100%存在しない世界」では100%不可能です。「誰か」も100%存在せず「悟る」という分離動詞も100%存在しません。よって「悟りを開く」という言葉自体が混乱を招くゆえに「非二元」「ノンデュアリティ」という言葉が近年使われるようになったのです。「目覚める」「解放する」この言葉も主語には「誰か」を連想させるゆえに混乱を招きます。
言葉を科学する
悟りとは科学です。言葉が何を起こしているかを明晰に分析することです。「苦しみ」は言葉が発明されたことで起こりました。では「苦しみ」を取り除くには「言葉」を明晰に明晰に分析する必要があるのです。この世界に誕生した言葉の全ては「切り取り」を起こします。この分離が100%存在しない世界に「分離」を引き起こすのが言葉です。言葉が何をしているか、、、ここに人類は完全に無自覚だったのです。
言葉とは分離のない世界に「グラス」という完全分離した存在が現れた!!!!と宣言するもの
「私」という言葉はこの分離のない世界に完全分離した「私」が誕生したことを宣言します。するとこの言葉はそのままに認識され、、、完全分離した「私」が誕生します、、、すると「エラー」が必然的に生まれるのです。そうではないことに気づくが起こるのです。このエラーが違和感であり孤独感であり分離感であり様々なネガティブな感情になるのです。