あるけどない
過去世の記憶を持った子供は実際に居ます。ダライラマなどはまさにその方法で見つけ出され新ダライラマになります。ですから過去世という記憶は100%存在します。ですがここ最重要なこと「記憶」であるということです。「過去世」は記憶から今まさに生み出されるということです。「わたし」も記憶からしか起こりません。「私」というものが根源からそのまま生み出されることは100%ありません、なぜならばここは分離が100%ないからです。よって「過去世の人生」も100%ないのです。ですが「記憶」としてならば100%存在します。つまり思考記憶が作り出した「物語」として。
来世
どこかにこの記憶が残りこの記憶を所有する体が生まれる可能性はあるでしょう。そうすると今この人生は「過去世」として扱われます。ですが何度も説明しますがそれは記憶の中だけだって実際には存在しません。空想、ファンタジーです。そのファンタージーは記憶の中に残るのです。と同時にこれがファンタジーと見抜かれた瞬間、そこへの関心は減っていきます。所詮はファンタジー幻想、妄想ですから。
言葉
言葉はこの世界を切り刻み「世界とは独立した何か」という認識を作り出します。ですが実際には100%分離は存在しないのでこれは嘘、ファンタジーです。ファンタジーとしてこの世界にあらゆる独立物体を生み出せるのです。それが言葉です。その一つが「私」です。ファンタジーとして「私」を言葉が生み出したのです。その「私」の物語が過去世であり今世であり来世です。多くの方はこのメカニズムに「無知」であるためファンタジーを「実在」と信じて生きているのです。結果「違和感」が根源から起こり続け、、「苦しみの人生」となります。