これが劇を終わらせる
結局のところ、、誰しも、、リッチマンも、落第者も、浪人生も、成功者も、、本当のところ私は誰?????という究極の問いを追い求めていきています。深い場所では確実にその疑問を持ち生きます。なぜならば苦しいからです。この私をやっている限り苦しいのです。。だからこの疑問が人生において消えることはないのです。
私は空であり色である
この認識は劇のリアリティを終わらせます、、この認識が映画の臨場感を終わらせます、、この認識が夢のリアリティを終わらせるのです。この認識を持ちながら、、、夢のリアリティを維持する方が難しいのです。だから自己の再発見こそが重要になります。ストーリー上の個人が自分を求めて彷徨っても個人を強化します。
本質の理解
真実を理解するのに「私」は必要ありません。ただ粛々と真実を理解します。この真実の理解が、、個人のストーリーを薄めます、弾きます、解かします。真実においての私は「空」です「色」です「意織」です。ここの理解は、、ストーリー上の「私」を溶かすのです。真実においてのこの体の「私」は認識される対象に過ぎません。本当の私は認識を起こす「空」であり「色」であり「意織」です。