究極の欲求

「私」の不在に気づいて

私という存在は思考の中にしか存在せず実在しないことを100パーセント実感したあとも、、欲望は起こります、、、ですがその欲望は幸せになるための欲望ではない、、、ただ何かをしたいという究極の欲望です。そこには目的が存在しないのです、欲望という結果が起こりただそれをやります。「その行為にはなぜ????」がないのです。ただしたいからやる、、、これだけです。

どんな欲求

全く分かりません、、したいことが毎度毎度現れ出てきます。それを所有する「自分」という存在が存在せず、、、ただ行為が起こるのです。自分の不在に気づいた後に出てくる欲望は究極の欲望です。自分を幸せにするための欲望ではなく、、ただ平和、安堵、愛の中で欲望が起こります。そこには打算や取引などあるわけがなく、、ただ起こるのです。