スクランブル交差点

一瞬

渋谷駅に着いたその瞬間「絵」が入ります。入る????というよりも「絵」が現れでます。この「絵」が全てです。そこから思考が記憶から湧き上がり「スクランブル交差点」という名前が起こります。「スクランブル交差点」という「分離感」が起こりました。何も名前がない「絵」に名前が湧いて浮かんだわけです。そして何千人という「人間」がそこに立ち現れます。記憶が作る「人間」という認識が起こるのです。「絵」から人間が「分離」します夢の中で。実際には分離はないので人間という分離感が起こるのです。そして急に記憶から「私」が現れ、、「何千人の中の一人」という概念が生まれ小さくなった感じがします。

本当は

「絵」だけが起こりました。音だけが起こります。香だけが起こります。そこに次々と思考の渦が立ち現れ切り抜きが始まるのです。「分離感」が起こって行きます。「私」という思考が記憶から起こり孤独感が起こります。本当は五感だけが立ち上がっていたのが記憶からあらゆる思考が起こり切り抜いていきます。その切り抜きが千差万別ゆえに個人個人が夢を見ていると言うのです。

結果

この体という「切り抜き」から湧いてくる思考も千差万別となり独自の夢が続くのです。記憶から自然と起こるこの切り抜き作業によって「千差万別の夢が起こり続けて」いくのです。この夢はこれが夢だと気づかれるまでエンドレスに続きます。これが夢だという気づきが自然と湧いた時「夢を続けたい」が起こらなくなり、、、夢が消えていきます。