どうでもいい
我々とは「いまここ」です。我々とは「この体」ではなく「この体の中の私」でもなく「いまここ」です。主人公は「いまここ」であって「この体」も「この私」も「いまここ」にたまに現れ出る登場人物に過ぎません。だから「死んだ後」に人生が仮にあっても「いまここ」です。「いまここ」はこの体のことではないです、この見える景色、聞こえる音、感じる風、、この感覚だけです。
どうなっちゃう??とはこの体この私の心配
死んだら「私」はどうなちゃうの?????の「私」ってこの体の中の「私」と呼ばれる存在のことですよね?????本当の私って「いまここ」のことです。だから「いまここ」に現れる「私」は体が消えた後に残ろうが残らまいが、、、「いまここ」に現れる幻想でしかないことには変わりはないのです。主人公がそもそも違うのです。人間業界の「私」とは幻想のことを指し、、これは現れて消える存在です。本当の私は「いまここ」であって、、この「いまここ」はこの体という幻想が消えれば消えます。
意識
ですが「いまここ」を認識する「意識」これが消えることはありません。「意識」とは現象が起こる世界「いまここ」が存在する限り残るのです。そしてこの現象が無くなってしまうことは絶対に絶対にないのです。なぜならばこの現象とは空『真の自分』の投影であり、、この投影が無ければ空は完成しない。よって投影は常に常に存在するのです。だから『この体「いまここ」』が無くなっても「いまここ」自体が消え失せることはないのです。
悟り
「死んじゃったらどうなっちゃうの????」の前に死ぬ前の認識が変わるとこの質問自体が出なくなります。この体の中の私は死後が心配で心配で心配で怖いのです。ですがこの体という幻想が消えればいまここの幻想全てが消えますから「私」という幻想も消えてなくなります。まーだから怖いわけです。ですが我々はこの「私という幻想」では断じてないので全くもって問題がないわけです。本当の私とはこの体という幻想を含みこの体の中の「私」という幻想を含む「いまここ」であり、、それを認識する「意識」であり、、そして「いまここ」という空の幻影を作り出す「空」です。だからこの体という幻想が消えてもこの私という幻想が消えてもいまここという幻想が消えても何も問題なく存在し続けるのです。