奥さんに食べさせてもらってますから
このようなことを飲み屋で中年男性が語れば「ズルッ」と思われます。「ムカつく」「癪に障る」です。なぜ??????何も悪いことしてませんけど!!!!です。なぜ周囲の男性は「ズルイ!!!」と思うのでしょうか?????なぜ?????社会という枠に収まるという行為をしていないからです。それはしないといけない話でしょ!!!!です。「言ってはいけない!!」話なんです、奥さんに食わせてもらってまして、、って。
自我
奥さんに食わせてもらう中年男性は何も法律上問題ない行動をしています。。ですが「ズルイ!!!!」と思われます、、ズルイということは、、何か悪手をしているということになります。ですがそうではない、、「社会にみんなが収まる」という大前提で世間は動き、そこは暗黙の了解、、そうしないと「幸せになれない」と信じて生きている人々にとって「聞きたくない真実」なわけです。
重要
本当は本当はどこかで「働かないと幸せにはなれない」は嘘だということを気づいているんです。どこかでそれは嘘でみんなでその嘘にしがみ付いているのです。だから空気を読まずに「働かなくても幸せ」をやっちゃうとその他男性から嫌われるのです。その他男性は嫌うことでその男性を「居ない」ことにしたいのです。
悟り
自我とは「嘘を信じる動き」です。「この体の中に主体としての自分が居る」も嘘、「その自分は生き抜くための必要存在である」も嘘です。この嘘を嘘と見抜かれる状況を自我は嫌います。本当は嫌うことができる自我はいないのですが、、嫌うという動きが起こります。一般的に嫌われる行動とは「自我による真実の隠蔽工作」を暴く動きなのです。「奥さんに食べさせて貰ってますから」に動く思考感情とは「自我による真実の隠蔽工作」の動きです。悟りとは「自我による真実の隠蔽工作」に気づくことです。