7つの感覚が起こる鏡

視覚のみ

我々がこの世界で使う鏡には「視覚」のみが起こります。この体だけが、、鏡には映し出されるので、、そこには視覚だけ、映像のみが鏡に映し出されるのです。これがこの世界での投影の一つです。ですが動画のビデオで撮影すれば、、声、画像という二つが投影されます。視覚、聴覚が鏡には反映されます。声というのは組み合わせることで意味を持ちます。この意味とは思考となる、意味ある思考として認識が起こるので、、これを視覚、聴覚、、、、第7感覚として表し、、、動画ではこの三つが起こります。投影によって。鏡では視覚という感覚のみが、動画になると視覚、聴覚、第七感(思考認識)が起こるのです。

そして

この世界は、、空の鏡です。。この空の鏡には「視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、感情認識、思考認識」という7つの感覚が起こるのです。7つの感覚が起こる投影です。鏡では視覚にみが投影されました。動画によって3つの感覚(視覚、聴覚、思考認識)が起こるようになりました。この現実(空の鏡)では7つの感覚が起こります。7つの感覚が起こる鏡です、投影です。

鏡に写った姿

鏡に映った姿を見て、、あれは「投影」ですよ、幻ですよ、、と伝えれば大人は「知ってます」と答えます。動画に映った姿を見せて「あれは投影です」と伝えれば「知っています」と答えます。この現実は「空の鏡に映った姿です」と伝えた時だけ、、「え_?????」となります。投影とはどこまでもあるように見える感じるが、幻という意味です。この世界はどこまでもあるように見えるし感じるが幻です。

7つの認識で確認できる幻

鏡に映った幻は「視覚」で確認できる幻です。この世界は「7つの感覚」で認識できる幻です。目の前の机は「7つの感覚」で認識できる幻です。厳密に説明すれば「五感」で認識でき、そこに思考が起こり、感情が起こる、、これによって「机がある」という認識が起こるのです。鏡に映った「この体」を見て(視覚)「私が居る」という思考が起こり、認識が起こるのです。目の前の机は「見えて聞こえて触れて味わえて嗅げて」認識が起こり「この机がある」という思考が起こり、その思考が認識されるが起こります。

悟り

悟りとは真実をありのままに見ることです。「見性」と禅では呼びます。これは空の鏡に映った姿であり、、5つの感覚で認識が起こり、、「思考」が起こり「感情」が起こるのです。逆に言えばこれしか起こっていません。この世界とは五つの感覚による認識と、思考と感情のみしか起こらない「世界??」です。「世界」に???を付けたのは、、「世界」は存在せず、、『五つの感覚+思考認識+感情認識=世界』です。世界とは何ですか???と聞かれれば「五つの感覚」+「思考認識」+「感情認識」以上です。。。終わりです。これしか起こっていません。これだけが起こり続けるのです。

見える幻、聞こえる幻、嗅げる幻、触れる幻、味わえる幻

鏡にには「見える幻」だけが起こります。この世界は見える、聞こえる、嗅げる、触れる、味わえるという五つの幻が登場します。五つの幻がウヨウヨしているのです。この五つの幻がウヨウヨしているので、、、「この幻は100%存在する」という思考という幻が起こりそれが認識され、、「怖い」という感情という幻が起こりそれが認識されます。釈迦は悟り「五つのこの感覚は幻だ」と実感しました。「この幻は100%存在する」という思考をぶっ壊したのです。

空即是色、色即是空

空からあらゆる現象(幻)が出現します。景色(幻)が現れ、音(幻)が現れ、味(幻)が現れ、熱(幻)が現れ、香(幻)が現れ(空即是色)、、消えていきます(色即是空)。。。ただこれが起こっています。現れた(空即是色)現象(幻)の全ては認識され(気づかれ)消えていきます(色即是空)、、、7つの認識が起こるここは世界です。7つという数字は、、、勝手に思考が作ったものであり、本当は分類などできませんから、、、認識がただ起こるこの世界となります。「空即是色、色即是空、認識」これがただエンドレスに起こります。