神は夢の中で人間に宗教を与えた

宗教とは人間の根源的願い

宗教が人類史において大きな意味を持ってきたのは当然です。これは神が作った夢であり人間は神がこの夢の中を歩き回るための道具です。その道具が神に憧れるのは当然です。人間に成り切った神が神を憧れるのは不思議なことですが故郷に対しあらゆる気持ちを持つようなものです。ということで過去には宗教が誕生し人間の救いの場になったのです。ところが宗教は人間の本質を照らすのではなくむしろ神を全く別の存在、尊ぶべき存在と全く見当外れのことを伝え続けたのです。

神を敬え、神を崇拝しろ、神に懺悔しろ

人間に成り切った神が、、生きる苦しみから、、宗教にすがります。宗教では神を敬え、神を崇拝しろ、神に懺悔城しろ、、、と神を人間とは全く違う存在であるという大前提で話を進めます。人間に成り切った神はなぜか神を敬愛し、神を尊ぶという意味不明の行動をすることになるのです。神が神を敬う、、、遠山の金さんに成り切った松平健が松平健を毎日崇拝する、、これはなかなかの行為です。この行為が幸福成就に至らないのは当然で願う先が自分であっては効果がありません。

人間に成り切った神は、救い先を探し続けついに見つける

人間に成り切った神は自身を救ってくれる存在を探し求める旅を続けるわけですが、救い先が見つかるわけがないのです。自身が神であってなぜ他に自身を救ってくれる存在がいるのか?ということです。重要なことは自身が人間でなく神であったことを思い出すこと、自身が人間に成り切っているだけで本当は神であることを思い出すことです。何かを得たり、何かを成就したり、何かを成し遂げることではなく自身が何であったかを思い出すだけという何とも滑稽なオチです。