身体的特徴、経済的特徴、才能的特徴、身分的特徴
アイデンティティというのは差別化です、、人よりも優れている劣っている、、何でもいいのです。何か人と異なる特徴がこの身体を取り巻く環境であればそれを「自分」とする動きが起こり、、エゴの肥大化になります。私の場合は突き動かすエネルギーが人よりも多かった、この自覚が自我を肥大化させました。人によっては経済力、美貌、ファッション、偏差値、学歴、育ちの良さ、育ちの悪さ、就職先、、、あらゆるものがアイデンティ、差別化になり、、、それがエゴの肥大化になります。
常にそこにあるもの
アイデンティファイするためには常にそこに在るものが望ましい、よって身体的特徴は非常にわかりやすいし、身体的能力も然り、、経済力も身近に常にあり、、就職先も毎日のもの、、こうしてアイデンティファイしやすい特徴をエゴの肥大化に使われます。私がいてあなたがいて周囲がいてのマイストーリーです。特徴であれば何でもいい、、それを自分とする動きが起こります。
悟り
悟りとは、、この思考の動き、特徴を自分とする思考の動きを見切ることです。それを思考の動きと見切ると何が残るか、、生命の動きだけです。身体的特徴を自分とする思考の動き自体は「生命活動」です。それを信じると、、マイストーリーが生まれる、、これも生命活動です。ですがこの動きに無自覚であると、、「苦しみ」を生じます。ですから特徴を自分とする思考の動きが起こった時、、それを見切ります。思考の内容はアートであって真実ではない、、思考の内容はアイデアであって真実ではない。。。そこには苦しみは起こりません。思考が描く、、「この特徴は私だ!!!!」という宣言は嘘です。嘘を真実と信じる動きが起こると「苦しい」が起こります。