ここから始まりここに消える
大いなる存在は、、完全に新しい現れを毎回この見かけ上の「私」の前に、、登場させます。毎回です、一回たりとも使い回しがないんです、、、その瞬間に新しい出現を起こします。全現象がそうです。小さい子供はその感覚を理解し、、毎日おもちゃや家具に触ります。道を歩けば葉っぱ、花、植物、虫、、完全な新しい現れに魅了されていきます。人間は思考を起こすようになり、、過去の記憶を再三に蘇らせ、、記憶越しの現れをみるようになります。これによって、、記憶というフィルターを通した出現だけをみるのです。結果全ては薄汚れ霞んで見えるのです。
ぐるなび
友人に誘われて料理を食べに、、人間はぐるなびを即座に検索、、、他人の評価を全部読み込み、、店に入る頃には人気の商品から内装、、、、全部が頭に入った状態で入店、、、はい嘘汚れた霞んだ映像がそこに現れます。完全な新しい出現をフィルター越しに見ます。。これがあの料理か、、これが一番評価が高いあれか、、、これが評価されてなかったあれか、、、、です。つまり人はその料理ではなく他人の評価をその料理を通じて確認するのです。
クラスメイト
友人の噂話、、あいつの家こうらしいよ、、あいつ前のクラスでこんなこと言われたらしいよ、、あいつあの人の付き合ってあんな振られ方されたらしいよ、、、、、、はい、、、その情報越しに全員のクラスメイトを眺めます。そしてその情報通りに感じ、、そしてその感じに合わせたコミュニケーションをとります。大いなる存在は毎回完全な鮮度でクラスメイトを出現させています。過去の現れた、、その人はもうそこには居ないんです。完全なピュア、、勿論陽気なキャラの太郎が、、、次の日陰気キャラに、、とはならない。ですがその瞬間に現れているという真実は確かです。だから前情報などを過信せず、、いま大いなる存在から現れたそのものを味わうのです。
毎日が新鮮
毎日が新鮮なのです、毎日が過去の影響を全く受けない、、そのままの現れが訪れます。構造上そうなっているのです。前情報を掴むなということではありません、、前情報とは関係なく、、いま大いなる存在から現れる現象をいま感じるという習慣をつけることで、、、誰よりもそのお店を楽しめるのです。楽しむためにお店に行くんですよね???だとすれば、、前情報がないのが、、一番楽しめます。