優雅さの理由
鳥の動きに焦りがなく、小賢しさがなく、優雅なのは、、、そこに自己が不在だからです、、、、在るという感覚の中でただ動きが起こっているからです。。。「私は今飛ぼうかな??明日にしようか、、やっぱり明後日だ???」これらの思考の動きが皆無です。。。私は周囲からどう見られているかな???という思考も湧かない、、、完全に今に在り、、、動きだけがあります。
思考に取り込まれていると
思考に取り込まれ自我全開、完全ストーリーの中に居ますと、、、、鳥の動きの優雅さに気づかない、、音楽の美しさも、植物の神々しさも、、何もかもが、、淀んだ世界に変わってしまう、、、この神の現象が、、、ただのイメージ、概念に浸っていく、、、、本当はただ今ここに神が起こす現象しかない、、、このことに気付いてきますと、、、観念が落ちていき、、その度に、、光が戻ってくる、、、これは幼少期に見ていた景色、、、
全部を神の起こりであると捉え直す
先ずは練習です、、頭でこれが神の起こりであると認識していきます、、全思考、全感情、全行動が、、、神の起こりであると、、、、徐々に徐々に認識が深められていきますと、、。次はそれを体験として感じるようになっていきます、、、体験としてその事実を経験できるようになります、、、次にただそれを感じる状態になります、、、