選択を失敗したマリオはいない

選択を失敗したと思い煩うマリオ

マリオがどれほど思い煩い自身の失敗を悔やんでいたとしてもそれは茶番です。マリオがクッパとの対戦で大間違いを起こしジャンプするところをダッシュをしてしまった、、このことについて10年以上悔やんでいる、、これは無意味です。なぜならばジャンプボタンと間違えてダッシュボタンを押したのはマリオではないからです。それはプレイヤーです。もしもマリオに記憶機能があり過去の失敗を悔やんでいても無駄です。記憶機能が作り出した幻想ということになります。記憶ははっきりとマリオの失敗を記憶します、ジャンプではなくダッシュをしてしまったマリオ自身を。ですがこれは記憶違いです。本当はプレイヤーがジャンプボタンの代わりにダッシュボタンを押した、、、これが真実です。

記憶とは勘違いを明確に刻んだモノ

記憶機能とはマリオの行動を完璧に記憶していきます、記憶が重なれば重なるほどにマリオの失敗傾向、気分の浮き沈み、マリオの長所、マリオの交友関係、マリオの対キャラ別成績表が刻まれていきます。最近のマリオは調子がいい、過去何年間は気分にムラがあり失敗が多かった、、、と反省もできるし喜ぶこともできる。ですがこれは全部幻想です。マリオは一度たりとも自身でプレイしたことなどないのです。記憶がそう確実に見せているだけです。5年前のマリオは頭がキレキレで冴えていた。という感じです。残念ながら我々人間もこのパターンです、自分で全部決めていると思っていますが実は決めていません、そう思わされているだけです、記憶と自我のメカニズムによって。

だったら徹底的に自暴自棄になってやる、、、

自分の意思でプレイしていなかったと突然気づいたマリオは、、、絶望し、呆気にとられ、、もうプレイする気力がなくなります。そんなバカな、、、、もうプレイはしない、、、もう冒険はしない、、冗談じゃない、、、こうなります。ヤサくれます。さじを投げます。焼け酒に走ります。、、、ですがまた次の日に冒険に出ました、、、なぜか?マリオに自由意志はないからです。マリオの感情に関係なくプレイは続きます。これは人間も同じ、今日まさかの真実に気づき自分は何も選択していなかったと分かっても明日も何か選択をしていきます、明日からも選択の日々が続きます。ただし人間自分としての選択は皆無です。ただ選択したと思いこまされる日々が続くだけです。

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