自我

簡単に見抜けるわけがない

既に悟ってる???冗談じゃない

つまりはこういうことです、、、我々の全行動は自我記憶システムが反応しているだけですから、、、自我なんていないんですよ、というメッセージが届いても、、それが自我記憶システムの反射が起きます、、この自分は反応しかできない存在なので、、、、思慮深く考えているつもりでも、、その行為が自我記憶システムの反射になっているのです。ですからいつまで経ってもこの時間空間、夢の中でそのプロセスが反射しているだけなのです。。この個人はいつでもメッセージに反応しかできないのです、、、そんな個人が悟りを開くというのは、、完全なギャグなのです。

個人ができることは

個人ができることは、、、個人が実は居ないという気づきが「どこか」で起きるのを待つ以外にないのです、、いつかその時が来る、、、それを信じて結果を手放すのです、、、悟りに対するその執着が抜けた時に、、起きる可能性がでてくる、、、、個人はどこまでいっても自我記憶システムの反応しか起きない存在、、、主体的に悟など不可能なのです、、、ですがその理解が進むということは自我記憶システムに緩みが生じている証拠です。

自我記憶システム

記憶によって自我は形成され(妄想)その自我が体験した全てが全部記憶されていく、、この記憶がさらに自我の存在を明らかにする、、、そして見える世界はその記憶が織りなす観念がベースになっており、、、見える世界は自我を証明する現実が起きている、、これで簡単に見抜けるわけがないのです。しかも自我はこの体を守るために形成されていますから絶対必要な存在なのです、体にとって。この完璧な枠組みの中から自我の正体を暴くのは至難の技です。

それは突然起きる

仮面ライダーって居ない

それは突然起きます、、仮面ライダーを信じていた子供が、、小学校に通い、、、在る時に突然気づきが起きます、、仮面ライダーって本当は居ないんだ!!!、、、これはもう突然起きます、、これがきっかけという大きなコトではなく、、、、何かが何かと重なり合って過去の記憶が全部重なって突然起きます、、、悟りも全く同じ、、、これだ!!!というキッカケなど実は存在しない、、、個人としての全記憶が重なり合って突然の化学反応が起こり、、それが起きるのです。

本当に居ない

理屈は分かるんだけど、理屈では腑に落ちているんですけど、、、、これを何度も繰り返し、、ある時突然気づきが起きる、、、それが何がきっかけという直接的なものではない、、、あらゆる要因の積み重ねによって天動説が地動説にひっくり返る、、、それでも毎日の生活は続く、、、ですがそこには前の自我システムが働かない。

これまで悟りが起きなかった理由が明確に分かる

今は分かります、悟りとは自我が幻想であることの完璧な理解です、、ですがこれまでは自我は、、この体を守るための最重要アイコンとして君臨してきました、、、この体を守る最高権力者を突然居ない、、、と宣言してもそれを言っているのが自我システムですから、、、全くの無駄、、、意味がないのです、、、ですが諦めず、、自我を突き詰めていきますと、、突然の理解が起きます、、、本当にこれは居ないと。

自我とは自分を守るために形成された

本当の自分からの自我形成

真我そのままの体の状態が子供の状態です、、彼らは何も考えずあるがままに動き遊びまくっていました、ある日親からこれはやってはダメ、これもダメだと、、言われ続けるようになり、、、真我は自我という偽りの自分自身を作り出し、、親に食わせてもらうように自我を作り出しました。つまり自我とは、、生き延びるために、、、親にとって都合の良い形であると言えるのです。。子供は嫌に嫌われてしまったら生きていけませんから、、そこで偽りの自我を作り出したのです。

全員の自我は偽り

自我とは偽りの存在です、、真我が真我のままでは生き抜く事ができない時に、、体に偽りの自我を形成させ生き延びようとした起こりです。ということで自我の状態で生きるのは辛いのです、、本質が本質のままではないからです。自我という偽りの存在を信じて生き続けるのは苦しみの人生なのです。だから人生とは=苦しみなのです。

自我が実在しないことを見抜く

自我はこの体を守るために形成されているわけですから、、この自我は偽り、嘘、無いと信じるのは大変怖いことなのです、、、自我が無かったら生き延びてきていないのですから、、、大変な危険、リスク行為なのです。悟りが非常に難しのはかつての命綱、かつての生命線、かつてのセイフティーネットを捨てることだからです。ですがこの恐怖心のメカニズムが理解できますと、、自我の緊張が緩みます、、もう必要ないことの理解が起きます、気づきの意識から。。。

親は意図的にそれをしていない

親の自我も完全に偽りです、、そしてそこから出てくる思考、感情、行動も完全に自我ではなく真我から起き上がっています、、ですからそこには何も意図がないのです、、ただその人を支える観念からこれらは飛び出してきました。。それに反射されるように、、子供の体の中に偽りの自我が形成されたのです、、、全部が全部自動反応です。

大いなる一つの思考と個人の思考

考えてみれば明らか

この私の思考というのが本当に私の思考ならば、、大いなる一つとは全く関係ないメカニズムを個人が作ってしまったことになります、、、すると大いなる一つは大いなる一つではなくなってしまいます、、、個人の思考は同時に大いなる一つの思考であることは間違いありません。すると面白いことに気づきます、、大いなる一つと自我という二つの存在が同時に思考を所有することになる???大いなる一つの中に自我というもう一つの存在がいて、、二つの存在が思考を生み出したことになります。大いなる一つは全部だから大いなる一つなのです、、つまり自我とは実在せず、、自我という思考だけが存在することが証明されます。

大いなる一つと「私が在る」という思考

大いなる一つの中で完全独立した「自我ー思考」プログラムがあるのならば、、大いなる一つは大いなるひとつではなくなってしまう、、、すると思考とは大いなる一つから湧き出し、、さらに自我も「私は居る」という思考に過ぎないことが明白になります。この世界は完全なる大いなる一つの現象しかなく、、個人は完全に思考の産物です。そして気づきが起こり続けるのは、、、空の反映が大いなる一つであり、、、空は絶対ゆえに、、大いなる一つの動きに対し、、気づきが起きるのです。

個人の活動を幻想と見抜く

個人の活動が確実に幻想で在ることを見抜きますと、、個人に対する関心が薄れてきます、、、個人というのはアイデアに過ぎず、、これを存在するという信念、価値観のみが存在します。この価値観が強ければ強いほどに、、個人あっての個人物語が強化され、、これは苦しみを生み出すのです。なぜならば真実とは全く異なることを大前提にした旅だからです。

この旅には終わりはない

個人は絶対に完全なる幸福になれません、、個人とは存在せずイメージです、、、この個人をどうやったら幸福にすることができるのか????実在するならば攻略法はあります、、ですが居ないのです。。。にも関わらずこの自我を絶対視しこの自我を満足させようとする動きは苦しみの道になるのです。

ネガティブな感情から逃げる動き

思考をするのはネガティブな感情を嫌うため

体にネガティブな感情を溜め込みますと、、、それを感じるのが辛いため、、思考を繰り返してそこに意識を集め、逃げるという動きが起きます、、、、一日中思考を繰り返してしまうパターンはこれにあたります。自我とは全記憶から形成されていますから、、、この自我は過去と共にあります、、、目の前で嫌なことが起きると、、そこが記憶と連動し、、溜め込んだ感情が溢れてきます、、この際に思考が爆発的に湧き出し、、そこに意識を向けることで感じるのを避けるのです。

ネガティブな感情を直接癒す

毎日マッサージをする習慣を身につけます、、、毎日体に溜まったネガティブなエネルギーを吐き出します、、するとエネルギーの通りが良くなりますから、、、元気な状態に。さらに今目の前の事件が起きても感情の湧き出しが減るために思考の湧き出しも抑えることができます。自我という収縮したエネルギーが解放され、、、気づきの意識の状態が落ち着くのです。

全データ同士が反応を起こし続ける

全ての会話は新しい体験

私という存在を通じた全体験がデータとしてあり、、相手の存在を通じた全体験のデータが存在した場合、、、会話の全てはそれぞれの経験として刻まれ、、経験が蓄積します、、、その経験のデータ全てが会話という経験によって全く新しい化学反応を起こし、、全く新しい経験が生まれ続けるのです。この新しい経験がエンドレスに生まれ続ける世界がこの現象界(色)であり、、その気づきが起こるのは空の存在(無限の存在)があるからです。

この現象界は無限の反映

この現象界(色)は無限の存在(空)の反映、鏡です、、、この現象界で起きる経験は無限にエンドレスに増えていきます、、なぜならば無限の存在の反映の場所だからです。そしてその経験に気づきが起きるのは空という存在があってこそです、、鏡は鏡自体には気づきません、、、鏡に気づくのは空から生まれます。全ての経験が完全に新しいのは、、全データがベースになった化学反応ゆえに全く同じ経験(化学反応)が起きようがないのです、、、これこそがこの現象界での経験が空(無限)の反映である証拠になります。

全自動だからこそ

全自動だからこそ、、、反応が反応を呼び、、、それが全く新しい経験を作り出します、、全経験が記憶されているからこそ、、全く新しい経験が化学反応的に起こっていきます、、化学反応が化学反応を起こし続けることになるのです、、、、これらの動きをコントロールする自我など存在するわけがなく、、自我とは、、名前に過ぎないのです。。。ただし自我があるという前提の化学反応は全くもって新しい経験を生み出しますから、、これも空の反映(色)において起こり、、、この経験が無駄であるなどは全くありません。

誰も居ない世界

この世界には誰も居ない

この世界には実は誰も存在しません、、、実在しているという思考だけが起こり、、それ以外は誰も存在していないのです。全ての言動、思考をコントールをしている自我というのは全くの空想で、、本当は記憶によるただの自動反応です、、、その反応を起こす機能に「私」という名前を付けてただ淡々とコミュニケーションというプレイが起きていたのでした。

誰も実在していないが完璧に事は起きる

誰も実在していないのになぜ事が起こり続けるのか????逆です、、誰も居ないからこの世界は完全なる自動システムで完璧に動いていたのです、、、この完璧な自動システムこそが、、、たった一つのエネルギーの現象化の証明です、、、、たった一つのエネルギー、、空の反映がこの現象界であり、、まさにこの世界はたった一つのエネルギーのアートでしかないことが証明されました。

幸福な誰かも不幸な誰かも誰も居ない

高校時代の友人はみんな幸福にしているかな????幸福になる個人が完全に居ません、、、自動反応です、、、全体の自動反応に「名前」が付けられただけです、、、、pepper君同士が会話を続け、、相互の経験が増えていき、、反応が毎回変わるということをこの人間を通じてやっているだけなのです。pepper君が全会話の内容を記憶し、記憶によって生み出す会話が変わるように、、、この人間社会も全く同じシステムで運行されています。

自我が何もしていない

何もしない自我

全てが自動反応で起きていることが分かると、、、自我は一体なにをやっているのだろうか???という疑問が起きます、、、、思考、感情、行動の全てが全記憶によるデータの反射であるならば、、、自我は何もしていません。何もしない自我が誕生します、、、答えを言えば、、、自我とはただの名前です、、名前以上の役割がないのです、、、

友人と今話をする

今友人と話をします、、今までは相手の中に「自我」が居てその自我が思考を作り出し話が展開されていると信じてきました、、、ですが実際には全会話が、、、双方の全記憶をベースに反射が起きているだけなのです。。。この会話において会話を作り出している存在は皆無です、、、つまりコミュニケーションとは完全なる双方自動反射なのです、、、自動反応によるテニスです、、、

誰も何もしていない無限ループ

この世界は誰も居ないテニスの無限ループが起きています、、、実は誰も存在していませんが、、、実在しているかのうようなテニスのラリーがエンドレスに続いているのです、、、なぜならば相手の反応の全ては全記憶による反射でしかないのですから、、そこに自我は実在するわけがないのです、、自我とはただの名前でしかありません。

夢ではいつもこれをやっている

夜見る夢では、、、毎晩これをやっています、、、自分がいて、相手が居てこの言葉のラリーにコントロールする自我は全く介在していません、、、完全なる自動反応、、完全なるオートマチックです、、、、これを我々はこの現実の世界で全く同じようにやっています。自我というのが全く介在せずに、、ただ淡々と自動反応が起き続けているのです、、、、ただ反応が起き続け、誰も実在しないこの世界が本当に広がっているのです。。今まで経験してきた全てのコミュニケーションには実は誰も関係していなかった、、、漫画の世界、アニメの世界と全く同じような展開がただ起きていたのです。

真実からいつまで逃げるのか???

今真実に立ち向かう

自我の存在を信じる人が絶対に聞きたくないメッセージ、、それが「自我は実は何もしていない」です。名前は便利だから必要です、アイデアとして、、、ではその名前が付けられた「私」とやら一体全体何をしているのでしょうか????思考、行動、感情を起こしていますね、、、、起こしている、、起きちゃった????思考をしっかりとこの私が決めています、、、、、、残念!!!!全部記憶の自動反応です。

そんなわけがない

そんなこと誰も言っていないですよ?????嘘ですよね、、、、、違います、、、子供はみんな知っています、、自分など何も決めていないことを、、、、勝手に全部自動的に起きています、、、、夜見る夢は、、勝手に全部自動で起きています、、、、夜見る夢が勝手に全部起きているならば、、、、昼間のこの現実もそれができますよね、、、、自動反応ではない、、という証拠はありますか?????ないです。

自動反応で全然いけてる

夢の中の会話、、、完全自動反応で全部やれています、、、、ではこの昼間の現実は????やれるに決まっている、、、だって夢ではそれができるのだから、、、、これが真実です、、、、全員が自動反応で会話しています、、、、記憶の自動反応が完璧に起こっています、、、、見える世界の全員が完璧に自動反応でコミュニケーションを起こしているのです。

自動反応マシーン=自我

実は、、、

今回のメッセージは多くの人に嫌われるメッセージです、、、実は私とは何も思考せず、行動せず、感情も出していなかった、、、、実は記憶から勝手に反応が起きていただけだった、、、だからこれからも「私」は何も決めれず、、、ただ自動反応が起きる場所の名前でしかない。、、、これが真実です。この事実をしっかりと認識し、、自身の言動を確認してください。

本当だ、、、

このメッセージを読んだら本当にそうかを確認してください、、、恐ろしい実態がわかります、、、本当に自動反応がただ起き続けているのが分かります、、、記憶をベースにした価値観、観念による自動反応しか起きていません、、、とんでもない事実です、、、私は何もやっていなかった、、、やっていたことにされていた、、、これからは「私は、、、、をします」は言えない、、、なぜならば事実とは異なるから。。。。

真実を知る勇気があるか????

〇〇という自動反応が「私」を通じて起こった、、、これが真実の説明です、、、真実の説明のみをしていきます、、、〇〇という自動反応が今回「私」を通じて起きました、、、これです。。。。「私」の意味が変わっていきます、、、「私」はただの名前に変わります、、、、本当に名前だけだった、、、、残念!!!!