目覚めても眠りの中に在れ

幸福=眠り

熟睡中の表情を思い浮かべてください。熟睡中に苦悶の表情をする人を見たことがありますか???熟睡とは=至福なのです。だからこそ熟睡中は幸福なのです。では、、目覚めるとどうなるか???途端に苦しくなります。途端に孤独感、悲壮感、責任感、などが襲ってきます。つまり人間の苦しみとは目覚め、夢見前提ということになります。ならばなぜ目覚めるのか???という話ですが、、、それもvasanaの力で勝手に目覚め、勝手に夢見になるのです。

つまり

根本的な理屈としては、、、目覚めても眠りの状態で存在できればいいわけです。眠った状態で目覚めるとも言えます。?????????何をいうとんじゃ!!!!!という話ですよね・・・・。そうです。理解不能、意味不明です。ですが、、、それが出来るのです。出来る?????出来ます。ではその詳細を伝えましょう。。。朝目覚めた時、、、なぜ苦しいかと言えば、、、、実在の世界、実在の私が存在すると信じたからです。この世界もこの私も実在と信じたから苦しいわけです。あなたはなぜ戦争映画を超リラックスしながら観れるのですか????なぜならば映画の中身は実在しないことを知っているからです。

さあ答えが見えてきた

つまりはこういうことです。実在の世界、私が登場しない限り、、、、苦しみは起こり得ないということです。この映画が実在と思っているうちは絶対に苦しいわけです。ですが間違いなくこれが幻想である、蜃気楼であると実感できてしまった瞬間、苦しみは消えてなくなります。つまり熟睡の中で、、幻想がただ流れるのです。そして夢見の状態にシフトしても、、、ああ、、幻想が始まったと眠りの中で気づくのです。実在は何一つ登場しません。実在が何一つ登場せずに実在としてただ気づくのです。

さあ

あなたはこれで一日中眠りの状態です。目覚めても、、実在しない幻想が始まるだけです。実在しない世界、実在しない私の幻影ムービーが始まるのです。では本当にこの世界は実在しないのか????という問題が起こります。このブログでも何度も説明しています。眠りの状態で消えるこの世界は幻影以外にあり得ないのです。眠ったら消えてしまう世界は蜃気楼以外にあり得ないのです。だから目覚めて現れたとて、、、幻想、蜃気楼が再び登場したに決まっています。

一日中

一日中幻想、蜃気楼の中に居る気分はいかがですか????退屈ですか????それがそうじゃないんです。この幻想や蜃気楼はそう実感できた時、奇跡に見えます。右を見れば新しい世界が現れ、左を見れば新しい世界が現れます。見上げれば高層ビルがドカンと現れます。これのどこが退屈ですか????半端なく奇跡じゃないですか????これを実在と勘違いした状態が苦しみであり、、これを幻想と見抜けた状態が眠って目覚める状態です。