「私ー私」

真我の私と想念の私

真我である私は「I am」です。我あり、意識、存在、、、です。不変の感覚です。絶対に存在を否定できない存在です。「これ」です。一方この世界の中の私は想念の私です。私はこの体と一緒になり、この心と一緒になります。これが自我です。動くこの体、動くこの心と一緒になる「自我=私」が存在します。「私」とは本来、不変、であり永遠であり、、至福です。つまり変化する体、変化する心は絶対に真我である「私」ではないのです。変化したり消えたりする体、心は、、幻想であり、、、有限です。ですから自我の私とは、、、実は実在しません。

想念の私

想念の私は、、この体や心に一体化するただの概念に過ぎないことに気づいた時、、、自我と体、心とは分離した概念に過ぎないことに気づきます。自我と体、心が空中分解します。そして自我は、、真我である「私」に吸収されていくのです。これが「私ー私」という状態です。真我である私と自我である私が共存しているような状態です。この時、まだ自我は消え去ってなく、、ただ自我が対象との一体化を終えて真我に落ち着いている状態です。

ラマナ マハルシ

ラマナは、、真我を完全に忘れた状態、無知な状態を自我のみの時期、、、真我の存在を思い出し、、自我が体や心との一体化を離れ、、真我に自我が吸収された状態、自我が消え去って真我のみになった状態を区別します。「私ー私」とは、、、自我が真我に吸収された状態です。自我は残りはしますが真我の中に自我が寛いだ状態です。