無いものを無くそうとする動き

最初からない

悟りとは「私」を無くしてしまうことです。確かにそうなんです。「私」というのが元々あってそれが消えれば悟りです。ですが少し難しい問題が、、、そもそも私は存在しないわけです。存在しない私をどうやったら無くすことが可能なのでしょうか????不可能ですよね。。。。ということで今回この問題の回答をお伝えします。「私」は確かに存在しないのです、、、、ですが幻想としては現れるわけです。このカップも幻想としては現れるわけです。この世界も幻想としては確実に存在するのです。ですから「私」だけが消えるんじゃなくて、、全てが幻想だという気づきが悟りです。だから熟睡時は全て消えます。本当に実在するのならば熟睡時に消えては駄目なんです。

つまり

熟睡時に消えるというこの事実が自我が幻想である決定的証拠なのです。実在は熟睡時には消えません。熟睡時に消えない唯一のものが実在です。それは何だ???????という話です。それが全現象に気づく「気づき」です。目覚めた時に現れるこの世界、そして「在る」というこの意識、これに気づく気づきです。これが唯一の実在です。それ以外は幻想です。実は唯一の実在に気づいてしまうと、、それ以外の幻想に対する執着が消えます。つまり「私」に対する執着が消えるのです。世界に対する執着が消えます。人間関係に対する執着が消えます。だって全部幻想ですから。

右手に手綱

左手でガッツリ握りしめていた「自我」を右手でガッツリ「真我」を握りしめたことで自我を手放せます。自我を手放したい手放したいでは不可能です。右手でガツンと「真我」を握りしめることで初めて、、、「自我」を手放せるわけです。このブログはまさに真我を握りしめるためのものです。真我が何か分からなくては握ることは不可能です。真我の存在に気づくことで、、真我を握りしめることに成功します。真我をガッツリ握りしめることに成功したら自我をそこで初めて手放せます。