非真我は真我を発見できない

真我が非真我を発見する

今何かが発見されていますよね????ならば真我が非真我を発見しているのです。非真我は真我を発見できませんから今起こっているのは真我が非真我を発見しているのです。では、、非真我とはなんですか???それが「これ」です。「これ」こそが非真我です。そして「これ」に気づく存在が真我です。発見されるのはいつでも非真我であり、発見は常に真我です。我々がこれまで発見してきた全ては非真我であり発見したのは常に真我です。つまり、、、我々は非我々のみを発見し続けてきたのです。

これからも

ですからこの体も非真我でありこの思考も非真我です。この感情も非真我であり、この行動、視界、世界も全て非真我です。だからこの体が死んでも非真我が変化しただけです。真我は何一つ変わりもしません。変わるのはいつも非真我であり、真我がそれを発見します。この話を聞いていて虚無感が起こってもその虚無感も非真我です。そのことが腹落ちしますと、、愛と平和がこの非真我に反映されてきます。真我実現がなされますと、、幸福と愛がこの非真我に反映されます。

苦しみや苦悩

苦しみと苦悩は、、非真我における非真我の表現に過ぎません。それが真我によって発見されてきたのです。真我は常に不動であり、、そこには変化はありません。変化するのは常に非真我でありその中でこの体を実在とする動きが起こった時苦しみが起こるのです。ですが今この体も世界も非真我であることが自覚されました。それらは実在ではないのです。その時非真我の中に苦しみが消え去り真我の愛と平和がここに反映されます。