価値観

あらゆる

自我が芽生えてからというもの、、、あなたは間違いなく、、、、あらゆる価値観を渡り歩いてきたはずです。「親の言っていることを信じるのが正しい」「会社が言っていることを信じるのが正しい」「経済新聞が言っていることを信じるのが正しい」「経済アナリストが言っているのを信じるんが正しい」、、、、と。。。。これあなただけじゃなく全員がこうやって価値観を渡り歩いていくのです。。。。これに例外はありません。。なぜ????なぜ例外がないのでしょうか???

現れたものは消える運命にある

「価値観」とは「世界はこうなっている」という確信です。この確信は記憶から現れるのですが、、、全ての現象は現れてしまった以上、、、消える運命にあります。つまりその確信は消える運命にあるのです。「親の言っていることは正しい」これを確信すればそれを反映する幻想世界があなたの目の前にガツンと現れますが、、、現れた以上はどこかで消えなくてはならないのです。だから、、、、必ず「苦しく」なるのです。苦しいから、、、どこかで、、、いや、、違う、、、これは親の言っていることが間違っているのだ、、、、とその固定観念を手放すことになります。

そうやって

価値観を渡鳥のように渡り歩き、、、、徐々に徐々に、、、価値観そのものを疑うようになります。価値観にすがって生きているうちは「苦しい」のでは?????です。価値観そのものが苦しみを生み出すのでは???です。そして最終的に「価値観」そのものを持つのを辞めよう、、、と決めます。価値観こそが苦しみを生み出すのだ、、、、だから価値観ではなく、、「真実」のみを知ろう、、、と。

つまり

つまり価値観とは最終的には真実に目覚めるための、、繋ぎです。価値観を渡り歩くことで最終的に真実にたどり着くのです。価値観のドミノの先に「真実」が待っています。だから安心してその価値観を抱き締め、、そして手放し、、、抱き締め、、手放し、、、、真実に辿り着いてください。最後が「真実」であることは最初から分かっているのです。なぜならば価値観とは手放すことが最初から決まっているのですから。