大人

矛盾がない

我々は生まれて直ぐに「自身の体」を食べさせる能力を持っていません。ですからどうしても周囲の大人の意見を鵜呑みにするしかない。。食べて行くためには大人から捨てられてしまってはダメなわけです。だから大人、両親の言葉を鵜呑みにすることで生きていきます。大人が信じることを信じなければ捨てられてしまうかもしれない。。。だから両親の言うことは絶対。。。。となります。

そして

そして両親は矛盾がない世界に生きているように見える。世界を確信して生きている。だから大人が言うことは正しいのだ、、、となります。それもそのはず、、確信こそが世界をそうさせるのですから。子供には確信がない、、、だから、、、確信のある大人は矛盾がない世界に生きているように見えるのです。そして事実、大人は確信が作りだす世界に矛盾なく生きるのです。

だがしかし

大人が生きるその確信した世界は、、、寄り添えば寄り添うほどに「苦しい」世界です。大人の確信をこちらが確信すれば「苦しい」世界になります。悔しい、、、でも反論できない、、、、、となるのです。そして一旦はそれを受け入れ、、その苦しい世界で楽しく生きる大人を探しました。誰か居ないか????楽しく生きる大人はいないのか?????です。するとちらほら居るわけです。それは映像世界の中、本の中に居たります。こうして周囲の大人とは違う大人を発見しその違いに関心が湧くのです。「疑い」がこの現象を生み出しました。

疑い

周囲には居ないが、、人生を楽しんでいる大人は実は居るのでは?????という疑いが確信を崩し、、その崩しが、、、例外という現象を生み出します。確信が疑いに変わった時、、新しい現象が目の前で出現します。そしてこの疑いが最終的には「覚者」「グル」と呼ばれる真実の伝達者を出現させるのです。あなたが今このブログに辿り着いたのは「疑いの力」です。大人が確信した世界に疑いを持ち、、このブログを出現させたのです。真実への思いが、、真実のメッセージを出現させます。