幼少期
幼少期に何かに渇望することはありません。なぜならば最初から最終ゴールに居たからです。そこから自我が芽生え、、、勘違いの記憶が起こることで、、、記憶の中にドカンと収まってしまいました。記憶の牢獄です。記憶の奴隷です。では最初の最終ゴールとは何だったんでしょうか???最初何だったんですか????最初「この意識」だったんです。そして今もこの意識しか在りません。ですが今はこの意識の中にこの体があってこの体の中にこの意識が存在すると信じています。信じる思考が記憶から自然に勝手に起こるのです。これが自我と呼ばれるものです。この自我の動きがある時「苦しみ」が起こります。それも「この意識」の中で起こっています。
つまり
つまり最初からこの意識しか存在しないし、、今も実はこの意識しか存在していません。この意識の中であらゆる思考が起こり感情が起こりをやっているのです。つまり1、2歳児の頃の状態と何も違わないのです。ただ「この意識」の中に勘違いの思考が起こっているかいないかだけです。「この意識」の中に勘違いの思考が起こっている時「苦しみ」という幻想が「この意識」の中に起こるのです。ただそれだけです。だから我々にできることなどないのです。ただこの勘違いの思考が「この意識」の中に起こらないようにするだけです。
どうやって??????
やるべきことはハッキリしました。我々が何者かになるとかの話じゃないんです。我々すらも「この意識」の中の登場人物に過ぎず、、つまり幻想だったということです。「この意識」の中に勘違いの思考が起こらなくなる、、ただそれだけなんです。そのためにすべきことは「真実のメッセージに触れる」ただそれだけです。