我を忘れて

実際に

爆発音が空中に鳴ります、一瞬我を忘れてそこに意識が行きます。その瞬間完全に我を忘れています。映画に夢中になった時我を忘れて主人公に埋没し、、主人公として泣きます。我を完全に忘れています。では「我」を完全に忘れている時、、、その忘れられた「我」はどこに存在しているのですか???もしも存在しているなら、、、完全無視って可能ですか????絶対に絶対に不可能ですよね。つまり「我」という実在は存在せず、、我という思考が起こった時だけ現れる思考が「我」なのです。

つまり

普段考えられている「私」とは実在ではなく思考です。知覚です。だとしたらこの「生きている」という感覚、疑いようのない感覚はどこから来るのでしょうか????紛れもなく100%生きているという感覚があるではないですか????答えを言えば我々とは「生きている」という感覚の中に現れた思考だということです。「生きている」という感覚の中に現れた「私」という思考が私なのです。つまり我々の本性とは「生きている」という感覚のことです。その中で「この体って私だよね」という思考が起こるのです。

真我

上記の動きは「生きている」という感覚の中で起こります。意識の動きの中で起こります。意志の動きの中で起こります。真我とはこの全ての動きに「気づく」気づきです。真我は「俺は真我だ」という気づきは起こしません。それらは全て「生」「意識」の中で起こります。その動きに気づく気づきが真我です。そして生、意識の中でこの動きこそが真我の投影なのだという気づきが起こります。これが真我実現です。意識の中で存在の正体が判明するのです。意識の中で我々の正体が明かされます。