テクニック
こうすれば一生食いっぱくれはしないだろう、このテクニックさえ使えば死なずに生きていける、、、これ人間が大好きな思考です。生活保護、〇〇保障制度、財テク、不動産運用、、、などなど、、、さてこのテクニックはテクニックとして記憶されているのだから絶対に忘れてはならないのだから関心は「記憶」に向かいます。この過去に構築したテクニックを忘れてしまっては大変です。だからテクニックとは記憶であり過去なのです。ここに執着が起こるときそのテクニックに授かる存在は「私」です。過去にどっぷりと染まった「私」が今ここで意識から生まれるのです。
退屈
なんか釈然としない、何か退屈、なぜ???テクニックで一生を救われた私は、、、このテクニックを死んでも離さないとギュウギュウに掴み倒します。分離記憶を握りしめているのです。今という意識の中に「分離記憶の花火」を打ち上げまくっています。あれ????これってわざわざ苦しみ花火を盛大に上げているのでは???大正解です。一生安泰なのは誰ですか???間違いなく「私」ですよ。そしてこの安泰を絶対に手放してはならないと「思考」が起こり続けるのです。今という至福に苦しみの花火が連発されていくのです。
握りしめる
一度手に入れたのだから絶対に手放してはならない、、という思考が起こり続けます。この思考を起こすのを忘れてしまってはならない。テクニックを失うことへの恐怖心が次々に起こります。至福というプールに思考の波がガンガン立ち現れていくのです。最初から至福なのに、、自ら「自分」と「テクニック」という分離記憶をガンガン起こし続け、、苦しみを創造しています。