意識
全ては意識の現れです。全現れに過去も未来も今すらも実はありません。意識自体は時間の中に収まっているものではないのです。ですから「退屈」ということはあり得ないのです。退屈とは時間の中でしか起こりません。ですが意識は時間を超えていますから退屈ではないのです。つまり今ここに意識が在るという自覚が起これば退屈は消え去ります。逆に言えば今が退屈ならばそれは意識が生み出した時間を感じているのです。それも100%意識ですが。
意識ではなく意識の現れを感じている
退屈とは時間軸の中で起こる思考を感じる時に起こります。この仕事を一生我慢してやっていかなくては、、という思考が起こる時、、意識そのものではなく思考が生み出す現実を感じているのです。退屈という感覚が意識の中で起こりそれを感じているのです。ですが本来意識しかないのですから全ては意識の現れに過ぎず、つまり過去も未来も存在するわけがないのです。過去、現在、未来の必須条件は其々が異なっていることですが、、異なることは不可能です。全て意識ですから。
矛盾
ですが同時に表層では常に意識は多様な色を見せます。一切同じでない色です。だから人は過去、現在、未来とその相違を呼ぶのです。全ては変わっていくのだから世界は存在し時間も空間も存在するのだという勘違いを起こします。ですが本当は意識が一瞬一瞬違う「顔」を見せているに過ぎません。真実が見えてきますと全く変わることがない意識が全く違う顔を見せていることにこそ感動します。人はそれに恐れを抱きますがその感情こそが意識の顔です。