私の本性

私の本性をお伝えします。孤独を感じます、なぜ孤独を感じることができるかといえば私の本性は孤独ではないからです。なぜ不幸を感じることができるかといえば私の本性が不幸ではないからです。孤独は孤独を感じることができません。不幸は不幸を感じることはできません。つまり私の本性とは孤独ではないのです、不幸でもないのです。

じゃあ

では幸福を感じることができるならば私の本性は幸福でもないのですよね???そうなります。でも確実に私は幸福を感じてきたし、私の本性は至福であると学習しました。そうです。その通りです。真の幸福とは幸福が浮かび上がったのではなく不幸が消えた瞬間のことです。一体感とは一体感が浮かび上がったのではなく孤独が消えた瞬間のことです。真のワクワクとは退屈が消えた瞬間のことです。

感情ではない

感情が存在するということは、感情に気づくことができるということは真の私は感情ではないのです。ですから愛、至福、ワンネスとは感情ではないのです。これらは感情が消えた瞬間に起こるものです。熟睡時の至福感とは至福感が出現したのではなく感情が消えた状態のことです。今不幸だから幸福を手に入れてやる、、これは間違いです。手に入れることができる幸福はフェイクです。幸福風の感情に過ぎません。真の幸福とは不幸という感覚が消えた瞬間でしかないのです。

出現したもの

出現したものは全て本当の私(至福、愛)ではありません。出現したと気づかれているのですから全てそれは幻影の方です。投影の方です。そこには至福、愛はありません。対象に向けての愛は愛風の高揚感に過ぎないのです。期待感です。その期待感が消えた時その対象への関心も消えます。あれだけ愛していたのにそれが消えた時、対象に向けての愛に疑いが生まれます。もうその手には乗らない何かが生まれます。ですからその経験は貴重です。