なかったら
世界が存在しなかったら「私」も存在できません。私が存在しなかったら世界も存在できません。世界はあるけど私は存在しない、、、という漫画を見たことがありますか??ないですよね。不可能なんです。世界には必ず主人公が必要なんです。これって何かに似ていますよね???「夢」です。毎日見る夢にも必ず主人公が現れませんか????そうなんです。全く同じです。主人公はいるけどそれ以外は何もない????不可能です。そうです。この世界は「私」と同時に現れてもらわないと困るのです。
現れてもらわないと困るから
現れてもらわないと困るからこの世界は私と一緒に現れています。夢と同じです。今日も世界は現れていますか???それでないと困るんです。そして現れた世界もこの主人公も現れたからには気づかれます。これも夢と同じです。現れたにも関わらず気づかれていないということが起こりません。このことを「当たり前」と多くの方は思うからこのカラクリに乗り込まれています。違います。この当たり前を当たり前として片付けるから「嘘」に騙されるのです。
全ての夢に気づくのはあなたが気づきだから
あなたが全ての夢に、現実に気づく気づきだからこの夢は成り立っているのです。そのことを完全に忘れたからこの大偉業を成し遂げている存在を完全に忘れて主人公の「私」に没頭できます。完全に忘れてもしっかり「気づき」が全てに「気づき」ますから忘れても大丈夫だからこの人生ストーリーに埋没できるのです。そして私が気づきであることをすっかりと忘れてこの偽りの私を私と信じて生きていくことができます。本当の私が偉大すぎるから忘れてしまっても成立するのです。
スクリーン
あなたは映画のスクリーンなのです。スクリーンという自覚が完全に無かろうともその事実は変わりません。だから映画に没頭できるのです。映画の主人公を私と大勘違いしても映画が成立するのです。そのぐらいに私は偉大なのです。存在を忘れ去っても何一つ機能を落とさずに機能を果たすのです。スクリーン自体はスクリーンであることを忘れ去っても何も損なわず何も加わらずそのままです。だからこの映画に没頭しこの主人公に成り切り右往左往できます。