勘違い
私たちはどうやったって幸せにはなれません、、どう転んでも、、、3億円の宝くじに当たろうが、、、とんでもない最愛の人と結婚しようが、、どうやったって幸せにはなれないのです。なぜならば主語を間違えちゃったからです。ある時主語が入れ替わっちゃたんです。ある日突然私が私じゃなくなったんです。ある日突然気づいたらこの体の中の私を私と呼んでいたんです。そこからです、、なんかしんどい、、なんか違う、、、なんか違うけど、、やるしかないのか、、、の日々です。
毎日学校に行くのよ
ちゃんと寝なさい、、明日は学校なんだから。。。この言葉の行き先、向き先、、対象は「私」です。なんかしらないけれどこの体の中の「私」には色々色々やらなきゃいけないことがあって、、どうやらこの先、、死ぬまでやらないことをやっていかなくてはいけないようだ、、、、が起こります。何かが違う、、でも言葉にできない。。。こんなはずじゃないんだけれど、、話す相手が居ない。。。。
強引に
小学校高学年になればもう「この体の中の私」を疑うなどという発想はありません。すっかりとこの私になっています。この私の将来目標、、、、この私のなりたい仕事、、この私の理想の相手ができちゃっているんです。なんか違う、、、は消えてなくなり、、、、人生とは我慢することが当たり前に、、、なります。大人になるってそういうことだよね、、、です。