悟り
我々は最短最速で悟りに向かっています。どのような経験が起ころうとも最短最速で悟りに向かっていることは事実です。実際には我々は存在しないのですが我々という感覚が起こることもそれには含まれています。悟りが閉じる中でそれも勝手に起こるのです。そしていつか勝手にそれが感覚に過ぎず実体がないことにも気付かされます。
つまり
何一つ自由がありません。何が起ころうとも勝手に起こります。関心が何に向かうかを決めることができる誰かが存在しません。誰かが存在するという感覚が現れてもそれも勝手に現れたのです。二元のストーリーが次々に現れてもそれが勝手に現れるのです。実際には二元の世界が現れたのではなくその感覚が現れます。どこまで行ってもそれは感覚を出ることはありません。
心配
将来に対して心配が起こってもそれも勝手に起こります。恐怖心も不安も憂いも勝手に自然に起こります。そのことが分かってきますと心配が起こった時に「根拠」を探すことがなくなります。なぜ心配なのか??という動きがなくなります。実はこの心配の根拠を探すことで罠に嵌っていたのです。この負のスパイラルが消えます。恐怖心、心配、憂いという感覚は真我からの現れに過ぎないと分かればそれすらも愛おしくなります。なぜならば全て最初から愛だからです。
