真我は何も欲していない

真我は最初から完全完璧

真我は最初から完全完璧です。何も必要としていません。何も要らないのです。ですから「腹減ったなー」という思考は「真我」の思考ではありません。真我は腹が減らないのです。だからこそ「私」の思考と思ってしまうのですが。。。。それも違うのです。この世界には真我しか存在しないので「腹が減った」という思考の主体は存在しないのです。では腹が減ったの主語は誰ですか????

存在しない

では答えを言います。木が水を根っこから吸い上げるとき「主語」は存在しますか???存在しません。自然に水は木に吸い上げられるのです。その時に「水を吸い上げてやる」という思考が起こりと起こらまいと何も関係なく木は水を吸い上げます。そして「木」という独立存在は存在しません。自然界ではただ水分が木と呼ばれる植物に吸い上げられるだけです。つまり水を吸い上げるぞ!!!という思考は「木という独立分離した存在が存在する」という確信が作り上げた妄想です。妄想こそがこの思考を生み出したのです。

絶対に成功してやる!!!

つまり人間から現れる思考の全ては「妄想」が作り出すのです。今も思考が現れていますよね????それ妄想が生み出しているのです。次から次へと思考が現れているから「私」がそれを生み出しているに違いないと確信します。するとその確信が「私」という感覚を生み出します。完全な相互作用です。真我は何もしていないのです。唯一の実在真我は最初から完璧でありただここに在るのです。