二元の世界で
本当は自分なんて存在しないんです、、とそう語れば、、、我々はこの今居る世界の中で私が居ない世界を探します。今のこの世界から自分を抜いた世界があるのでは?????と想像するのです。ですがそれは大きな勘違いです。それはやはりまだ夢の中に居ます。夢の中で主人公自分が居ない世界を想像するのです。
そうではない
そうじゃなくて、、そうじゃなくて、、、そもそも全経験には自分が居なかったとい気づきです。そもそも居ないんです、、、経験の全てには自分なんかが出しゃばるスペースがないのです。ビールを味わう時に、、「自分」がどこかに挟まっていますか??????いないですよ!!!!!音楽を聴く時、、、音楽と「聞こえる」の間に自分が挟まっていますか??????いないです!!!!!!そうです、、全く皆無なんです。だからそもそも居なかった、、、以上、、という話です。
その後に
その後に、、自分が飲んだ、自分が聞いた、、、、という思考だけがここに現れ、、認識されます。つまり認識の後に思考が認識され、、、経験が思考に二次利用されます。だから自分が居ない世界なんてものはなく、、、経験、と思考経験しかないんです。この二つに「自分」が挟み込まれる隙間が存在しません。自分とは思考の中にだけ登場する、、ネタです。漫才のネタの中に現れ出るのが「自分」です。