あなたはこの日本、東京都、〇〇区、、、の太郎よ。
こう脳内にプログラムされます。。。すると太郎から??????なんで大人は働くの????なんで学校にいくの???なんで結婚するの?????なんで車に乗るの????なんで??????なんで???????が滝のように出てきます、、、なんでなんでお化けです。するとこの「太郎」は何をしてどうやって生きていかないといけない存在かが、、、、インプットされていくのです。「私」と発信した瞬間にその私にはとんでもない「意味」が追加されているのです。だから「わ・た・し」という言葉には実はとんでもないデータが山のように付加されているのです。
私というデータを
そして皆、、この私というデータを「格好良い」「おしゃれ」「性格良い」「真面目」「お茶目」「綺麗」というデータとして保存したいので、、、、、努力します。だから言って欲しい、評価してほしい、聞かせて欲しい、、ので、、、、客観的事実として。あの人に会えば恐らく褒めてくれるだろう、、、そう思い、、会います。
見ぬいちゃえば、、、
そこを見抜いちゃえば、、見抜けちゃえば、、、、、「私というデータ」の更新にパワーを注ぐということに興味がなくなります。「私というデータ」がいかに素晴らしく、半端なく高貴で、、半端なく華麗で、半端なく素晴らしくても、、、所詮は私というデータに過ぎないのです。だから「私」というデータが起動するたびに「分離感」が半端なく、、、、この分離感を解消するためにさらに「私というデータ」の更新に努めるのです。