ない
この世界には空間というものが実はありません、ですから記憶が収まるべき場所は絶対に絶対に存在しません。ということは私という幻想を作り出す記憶は、、、どこにも存在しません、、、空からそのままに「記憶としての私」が現れ出るとしか言いようがないのです。場所がない以上、記憶が集積するデータベースがないのです。「空」のアートとして「記憶としての私」が現れ出ます、、そしてそこには一切の理由はありません。
記憶が現れるという経験
これが起こり続けています、、、「記憶=私」が現れでるという経験がだけが起こります。記憶が現れ出る「場所」というのがこの世界にはないんです、空間がないので。すると記憶を認識するという経験これだけが起こるのです。「私はこの体の住人で名前は〇〇だ」という思考がこの場所に現れるのではなく、、その思考が現れそのままに認識されるという体験、経験だけが起こるのです。
「私」の現れる場所
私というのが絶対に絶対に存在しない理由は、、ここには空間がないのです。。空間がないのにどうやってこの私が収まるのか??????無理です、絶対に無理です。だから私とは思考なんです、、思考として立ち現れてそのままに認識されます。どこにその思考は現れるのですか?????空間がないのですからどこではない、、ただ現れそのままに認識されます。