彷徨う

言い得て妙

彷徨うという表現、まさにまさに、、、、この現実世界、、人間世界を表現した言葉です。本当に本当に人間は彷徨っています。。。あてもなく、、さすらい、迷い、歩く。。。。。「あてもなく」ここ最重要です、、超ポイントです、、、そうです、、「あてがない」のです。この人間業界の最終ゴールは「あてがない」のです。全てを手にしていただろう成功者、有名人の自殺、、、、、、これは起こってもらっちゃ困るんです。でも起こります。

家族団欒、会社も好調、、、、

なぜ?????なぜあの人が、、、、老後の資金も問題なくあり、、子供も健やかで、、奥さんもイイ人、、、、なぜ??????突然の自殺、、、、なんで?????????意味不明、、、解釈不能、、、、。ありますよね?????年に一度はありませんか?????そうです。あるんですこの人間業界には、、なぜならば「あてがない」からです。これをこう達成したら「幸福」という決まりがないのです。

最終回答

では答えを言いましょう、「人間は幸福にはなれない」これです。。。これが答えなんです。だから、、諦めたもん勝ちです。諦めて諦めて、、、もはや人間じゃない、、、、ここに気づく以外に「幸福」にはなれないのです。「私は幸福にはなれないんですか???????」はいなれません、、、ですが「私」という存在に気づきている、今まさにその「私」に気づいている「存在」その存在は「至福」そのものです。あの人がなぜ??????という疑問、、、この疑問が湧き出した「場所」そこが至福なんです。

「私」は至福にはなれないが

「私」は何をかき集めても、何を手に入れても、、、幸福になれません。。。。100%保証します。ですが「私」を「私」と認識している存在、、、その存在は既に100%幸福なんです。100%の幸福が「思考」をガンガン打ち上げて「不幸」を実感しているわけです。100パーセントの幸福が「私がこの体に存在している」という思考をガンガン打ち上げて、、、、違和感という苦しみを味わい尽くしているのです。そのことに本当に本当に気づくと「思考」の花火が上がらなくなります。だってそれが分かって花火打ち上げるってド変態ですから。