会話とは
会話とはずばり「妄想の反射」です。主語述語でしか会話は成り立たないわけですが、、、この世界に主語も述語も示す「事実」は存在しないのですからこれは100%妄想です。言葉とはこの世界から何かを切り取りそれについての因果関係を説明していきます。そのようなことは一切事実では起こっていないのですからこれは妄想です。
言葉が指し示す「何か」
言葉が指し示す「何か」は本当はこの世界には存在しないのです。なぜならば分離がないからです。あそこに鳥が見えます、、、「鳥」という独立分離した存在は存在しません、、そのように見えるだけです。鳥が木から木へと移動しました、、、、、、それは事実では起こっていません、妄想です。そのように見えるだけです。
どこまでも
事実はどこまでも事実です。妄想はどこまでも妄想です。ここには大きな大きな境界線があります。見かけ上の覚者とは事実を完全理解し、、、妄想に振り回されたくなった人です。本当は覚者も人も存在しません、分離は100パーセントないのですから。どこまでもそのように見えるだけです。事実が本当の意味で理解できますと、、信じられない安堵感が湧いてきます。