「私」が「何か」を理解する

二元

「私」がこれを「コップ」と理解する。二元の世界では当たり前の表現ですが、、、これは真実とは全く異なります。「コップ」と「私」を作り出します。コップを認識するためには私が必要になり、、私が存在するためにはコップが必要になります。分離した二つの存在が存在しなければこれは成り立ちません。コップはコップそのままでは認識されず、コップが存在することで「私」がまた存在できます。

ポケモンレアカード

ポケモンレアカードに気づく時、、私が誕生します、ポケモンレアカードに気づくには過去の記憶が必要でありその過去には間違いなく「私」が存在します。だから「私はレアカードに気づいた」が成り立ちます。レアカードをレアカードと気づくには「私」が必要になるのです。「私」が「ユダヤの法則」を理解した、、、この場合も「ユダヤの法則」を理解するには過去の記憶が必要になり、、過去には「私」が存在します。ユダヤの法則が私を確固たるものにし、私がユダヤの法則を存在たらしめます。

分離

本当は本当はこの世界には分離は存在しません。ですから上記の表現の全ては「勘違い」です。レアカードという分離した存在は存在せず、、それに気づく「私」も存在しません。切り抜かれた二つの存在「レアカード」「私」は独立分離した存在ではないのです。