思考内容

問題なのは

問題なのは結局のところ思考の内容です。ここが問題なのです、、この内容が「真実ではない」から「違和感」が生み出され我々はこの違和感を削除しようと一生を費やします。本当は本当は「思考の内容が全部間違っている」そこに気づくまで我々が走り続け頑張り続け妬み続け怒り続け生きていきます。この姿を見て釈迦は「人生とは苦」であると断言したんです。

諸行無常

この世界はただ変化が起こるのみ、、それしかない、、これを釈迦は悟り発見しました。この内容を我々は勝手な判断でその変化を観察する「私」という存在が居ることと誤解しました。この本当の意味は「変化」のみであって観察者「私」など居ないのです。ここで大きく変わってしまうのです。

私が居るという前提の思考内容

大金持ちになろうと大成功者になろうと「私がそうなった」という概念を手放さない限りこの世界から苦しみが消えることはありません。真実を知れば「全認識を起こす私」など存在するわけがなく、、よって私は居ないと断言できます。ですから重要なこと、私の有る無しに関わっている暇があるならば真実に触れることです。真実の理解が「私の有る無し」という概念自体を落とします。