幻としての「自分」

感じる

この世界は全部幻です。100%幻です。ですがこの幻は感じることができるのです。もしも幻が誰からも感じられない時その幻は「存在」しません。幻とは「感じられて」初めて幻として存在します。幻は感じられないといけないのです。目の前のグラスは感じられるからそこに幻として存在しています。「私」も周囲から感じられることができるから「幻」として実在しています。だから「私」は幻として100%存在するのです。

周囲は星が地球の周りを

周囲の人は「星が地球の周りを回っている」と感じ、、、ガリレオは地球が星の周りを回っていると感じました。感じるには違いがあっていいのです。私は「私」の存在を感じないが起こってもいいのです。どこを探しても「私」が居ないんです!!!それ悟りです。周囲の人々の体の中に「自我」を全く感じないのです、はいそれ悟りです。自我は幻ですから「感じる」人も居れば「感じない」人も居ていいのです。

何度も言います

この世界の全ては幻なので、、感じても感じなくてもいいのです。全ての幻を全部感じています、、はないです。今ブラジルという幻を感じることは日本という幻の中ではできません。だから幻とは全部その場所でただ起こっているのが全てです。部屋に一日中居れば「部屋」という幻だけが見えたんです。私という幻も感じれても感じれなくてもどっちでもいいのです。「感じないようにしよう」は不可能です。「私を感じない」が起こることはあります。私も幻ですから当然です。