幻はあるし感じる
プールで泳ぎます、全身を冷たい水の感覚が起こります、水圧を感じます、潜れば直ぐに息が苦しくなります、全身を「冷たい」が襲います。フワフワを感じます。感じまくるのです幻を。。。ですが実は「感じる」以外は何も起こっていません。100%「感じる」は起こりまくりですが「感じる」以外は何も起こっていません。我々は「水」という幻を感じまくりますし「空気」という幻想を感じまくるのです。そして「感じる」以外が何も起こっていないというこの事実がこれが「幻」の証拠です。
水という幻は100%ある
そうです、、水は100%幻として存在するのです。この「冷たい」という感覚が嵐のように起こるのですからあるに決まっています。ですがそれでも「感じる」しか起こっていないのだから水は幻なのです。水は幻として100%感じることができる実在です。幻として実在するのです。この世界は100%幻として何でも感じることができる世界なんです。
「感じる」は異なる
お化けを「感じる」人も居れば「感じない」人も居ます。「ピカソ」の偉大さを感じる人も居れば感じない人もいます。排気ガスの香りを感じる人も居れば感じない人も居ます。そうですこの世界の幻は「感じる」とセットなんです。「感じれること」=「幻として実在」です。全部が幻です、そして「感じる」は全人類80億人全員が異なります。
私を感じる人も居れば感じない人も居る
自我が抜け落ちるとは「私」という幻を感じる人と感じない人が居るということです。明日から「自我」を感じないようにしよう!!!これは不可能です。全部我々は受け身です。突然「自我」を感じないが起こる可能性がある、、ただこれだけです。天動説時代は全員が地球の周りを星が回っていると「実感」していたのです。地動説になり地球が自転していると「実感」しています。幻の動きが変わったのです。「私」も100%幻なので感じる人と感じない人が居るのです。
悟り
悟りとは『幻としての「私」を感じることができない』が起こることです。「私」という幻が消えるんです。お化けという幻を見えなくなる時霊媒師は霊媒師ではなくなります。「私」という幻を「実感」できなくなった時「悟り」「目覚め」「解放」と呼ばれます。呼び方は何でも良いのです。