顕現と非顕現に境はあるのか???

ない

どこからが不変の自己でどこからが変の自己でしょうか????どこからが空でどこからが色なのか????空と色には明確な境目はあるのでしょうか????ないのです。この世界には明確な境目はありえずよって色とは空の一部であり空とは色の一部です。空という言葉、色という言葉は根源の様子を現す方便でしかありません。空と呼ばれる「何か」はないし「色」と呼ばれる「何か」はないのです。根源の現れに循環に「空と色」という言葉を当てはめただけです。

色即是空、空即是色

この言葉は動きの二つに分けた方便です。方便ですか最後はこれを超えないといけません。超越しないといけないのです。色即是空、空即是色も方便だな、、、という気づきに至るのです。その時完全に分離から解放されます。ただ生命の動きだけが残ります。そこには一切の比較優劣良否成否がなくなります。ただの生命の循環に比較が起こったらおかしいのです。そして仮に比較という概念が起こってもそれすらも生命の現れでしかありません。そこを見抜きます。

比較分離があってもいい

この世界に比較分離という概念が生まれてもそれも生命の現れです。それを楽しみます。誰かが誰かを徹底的に比較分離していようとも、それも生命の現れです。それすらも非難の対象ではないのです。世界にはまだ差別や貧困があって、、、あるでしょう、、ですがそれが生命の現れなのです。それも非難の対象ではないのです。ただそれを受け入れるのです。それが起こったんだなと。

悟り

悟りとは「全境目」がないことを理解することです。この色の世界には実は境目はないことを、そして色が現れでる空と色にも境目はない。非顕現と顕現の間には境目がないのです。全境目がないことを完全に理解した時に「自己意識」というのは存続できるのでしょうか????できません。その時自己意識から解放されます。守りに守ってきた自己を手放せるのです。境目が全くないこの世界に世界と分離した自己は存在できません。あるのは全部思い込みです。思い込みだったんです。