適応

社会

合わせる合わせる合わせる、、この合わせるいう能力を幼少期に築ける子供は社会にすんなりと溶け込み、、それができないと問題児と呼ばれます。アメリカンスクールなどに通わせれば純日本企業に勤めるのが難しくなるように、幼少期の環境は実は大きく影響します。幼少期にこの合わせる能力を身につけなかった場合、社会には馴染みにくいのですが、、同時に自我、エゴの発達が小さいため悟りには非常に好転しやすくなります。

自我

自我とは社会に合わせたキャラです、社会が求めるキャラになり切るのが自我です。自我とは幻でありしかし確実に内外から感じることができる幻想です。この自我を形成できる力があるかないかは幼少期の鍛えられ方がものを言います。自我形成が順調に働く=幸せではなく、、便利であるということです。しかし自我形成は「苦しみ」形成ですからこれは諸刃の剣なのです。

完成

私は社会に迷惑さえかけなければ満足、私はお給料さえしっかり貰えれば大丈夫、私は犯罪さえ犯さない企業に勤めれれば満足です。。これ謙虚でしょうか????謙虚じゃないですよ。これ傲慢です。自我形成は完璧ですが、傲慢なんです。なぜか?????本当の私は神だからです。神が一歯車で結構です、という発言をするのは本来の力を過小評価する傲慢さです。ですがこれが社会では上手くいくコツです。

悟り

悟りとは自我形成が順調に行くことが素晴らしいことでもなく、かといって自我形成が順調にいかなかったのが素晴らしいということでもない、、これに気づくことです。自我形成は全てタマタマです、全て自然現象です、その時の環境によってどのような自我が形成されるかは運です。良いとか悪いはないのです。そこを俯瞰できるようになりますと、、全てを許せます。その自我形成に合った行動を取れるようになります。