この世界
この世界は神が退屈を凌ぐために生まれた、この世界は神は孤独を感じるために作られた、この世界は神が愛を再確認するために作った、、、あらゆる理由が述べられていますが「答え」を言いましょう。。意味はありません。というよりも「この見える聞こえる世界」が無ければ「無限の自分=空」は存在できない、、ということです。空とは全部ですから、、全部であることを自覚する全部もそこには含まれる、、以上です。空の中に、自分は無限であるという自覚が無ければ、、、全部が全部では無くなってしまうのです。全部とは全可能性を含むということです。「無限という自覚のない無限」も存在し「無限という自覚のある無限」も存在しその合わせたのが空です。
色
色とはつまり「無限の存在でることを自覚する無限」であり、、これも空の一部です。空とはつまり無限の存在であることを自覚しない無限です。その中に「無限の存在であることを自覚する無限」が含まれます。自覚とは全くもって形のない「もの」でありこれが空に含まれるのです。だから空とは一切の物理的要素が排された存在です。よってこの色の世界、現象の世界、気づきの世界は、、幻影と呼ばれます。100%物質に見えて物質ではないからです。
悟り
この世界には意味があるのではないのか?????これは自我が考える発想です。なぜならば自我は「時間」の中でしか存在できないので、、スタートがあれば結果があると信じています。この世界が誕生したからには理由があると、、ところがこの世界を作り出す大元(空)には時間が存在しないため、、最初から完成されているわけです。つまり何も起こり得ないし起こらない。起こるには時間が必要ですがその時間がない存在によってこの色の世界はただ現れ出ているのです。この理解が悟りです。色の世界には時間があるように感じるが、、色を作り出す「空」には時間が存在しないため、、色の作り出す目的も存在しない、、となります。ただし色がなければ空は空ではありえないので色は空の一部であり全部でもあります。