シンプル過ぎる

簡単過ぎる

理屈で言えば悟りとはノンデュアリティとは簡単過ぎるのです。全部が幻想であり生命であり色であり認識される対象であり空「不変の自己」の投影です。終わり。ですがこれを実感するとなると大変、難しい、超ハードル高し、です。理屈は超簡単、実感は超難しい。ですから悟りとは実感の世界です。武道、花道、茶道、、、全く同じです。見ただけでは簡単に見える、だが実感は半端なく難しい。

迷走から瞑想になる

超簡単にコツを伝えれば悟りとは日常生活が「迷走」から「瞑想」になっちゃうことです。多くの人は間違った思考を真実と教わってそれを一生懸命信じて「迷走」します。ですが悟りはその間違いを完全否定しもう一度真実の視点で毎日を観察しましょう!というメッセージです。真実というフィルターで毎日を観察すると次第に「瞑想」になり、、神の視点が定まり定着しそのまま人間から神になっちゃいまっせ、、です。

人間が神になる?????

そんなことが可能なのか??????可能です!!!!なぜ?????だって我々は人間には元々なれていないのですから。我々は人間になった「つもり」でこれまで生きてきただけですから。人間になった「つもり」を辞めたら何になるんですか?????神しかないのです。神しか選択肢はありません。神一択です。

実感

とはいえ、、それを実感するのは大変なんです。あまりにも長い期間人間になり切って生きてきましたから、、いきなり明日から「神です」は不可能です。でもそこしか選択肢はありません。人間としての我々はどこまで行っても「幸福」にはなれません。人間として幸福になることが不可能な以上、、、そこに戻る以外の選択肢がないのです。だから「実感」が起こるまでやるしかありません、というか今までもそこに向かって努力をしてきたんです、、実は。そしてこれらからもそこに向かっての努力しか起こりません。だから安心して安心して「迷走」しどこかでそれが「瞑想」になり、、真実に辿り着く以外ないのです。そういう意味では全員が100%着実に山に登っています。誰一人遠り道をせず抜け道もなく最短距離を歩んでいます。