騙される

自我

悟りの世界で「自我の説明」ほどやっかいな分野はありません。あるけどない、ないけどある、、意味不明、言語不能、認識不能なジャンルの一つです。ですが逆に言えばここが分かってしまえば「ゴール」です。目の前のリンゴ、これは100%あるように「見えます」「香ります」「触れます」「味わえます」「食べれば音がします」しかし幻想です。完全な幻です。イリュージョンです。これが真実です、完璧な真実です。ここを踏ん張らないと自我は理解できません。

あるけどない

クラスメイトに「私ってどんな人????」と聞けば50人中50人が「〇〇な人」と回答をくれるでしょう。つまり「ある」んです。自我は、、100%あるわけです。ですが幻です。幻とはあるように100%見えるが100%ないのです。「私って緊張しいで寂しがりやで実は見栄っ張りで少々ずる賢いとこあります」こんな風に感じる「自我」は100%あるんです、、ですが100%幻なんです。この世界の現象とは100%あるように感じれる幻で構成されているのです、その一つが自我です。

幻はハッピーにはなれない

自我は100%あるように感じることができる幻です。この幻の特徴は「感じる」ことができません。「感じられる」ことはできますが「感じる」ことができないのです。この違いは分かるでしょうか?????ここ分っちゃったらゴールです。「 I FEEL HAPPY 」この文章は嘘です、間違いです。主語としての「私」はハッピーを感じることは出来ません。私とは、、周囲から感じられるものだからです。

私は金メダルとを取って一生幸せになります

無理です、私には幸福を感じる機能はありません。よってこの目標設定は破綻します、絶望に繋がります。一生幸せになれる「自分」は存在しないのです。自分とは「感じられる」幻の存在であって自分が「感じる」は不可能なのです。どこまでいっても自分は幻であり、、認識される対象でしかないのです。そしてこの世界の登場人物、登場物質、登場風景の全ては全く同じで「認識される側」です。この体も「認識される側」です。この思考も「認識される側」この感情もこの行動も「認識される側」なのです。