特別扱い

エゴの肥大化

エゴを肥大化したければ、、、相手を特別扱いするのです、、あたなは凄い、あなたは本物、あなたは社長、あなたは、、、すると相手の中に「安心」が生まれます。と同時に「違和感」が生まれます。特別扱いとは、、自我の完全な確立です。。。周囲よりも優れた「あなた」です。「あなた」がありありと存在することを周囲の反応で認識できるのです。これが起こります、俺ってやっぱり半端なく特別な「存在」なんだ、、です。

安心と違和感

この安心はどこから来るのか?????もう頑張って自分を証明しなくていい、、という人参を追いかける必要性をなくした安心感です。追いかける「自分」を手放せるのです。だから一瞬「無我」になります。この安心感。同時にありありと「私」を認識するのですから「違和感」が生まれます。だから、、スナックでチヤホヤされて気持ち良くなった後に、、急激に「寂しさ」を覚え、、、またお店に通うわけです。褒められて「無我」になり一方「自我」は強化されて「違和感」を強烈に感じます。

悟る

悟りとは、、、特別扱いされて自我が肥大化する一方で特別扱いによって一時的な「無我」を味わえるというこの仕組みに気づくことです。もう達成しなくていいという安心と、、一方で、、達成した「自分」という二つの動きが起こるのです。よってこれは負のスパイラルです。認められたいという動きはもう走りたくないという衝動の現れです。。そして一時それを喜びながらも、、まだそこにありありと存在する「自我」を感じます。

本当は

認められて安心する時「自我」の動きがしっかりとあることを認識します。走っている自我の動きがあるのです。認められても全く何も感じない時「既に無我」です。これをただの生命の動きと見切っています。すべての動きを生命の動きと見切った時に、、褒められて嬉しい、認められて嬉しいは起こり得ないのです。褒められた時、特別扱いされた時、、どういう動きが起こるか、、そこに注目です。