悟りとは結果を捨てることではない

結果になること

悟りとはこの個人が結果を諦めて捨てることではありません。個人を含む結果そのものになってしまうことです。この個人が結果を求めるストーリーそのものが本当の自分だと気づくことです。今見かけ上の私がキャリアを求めているならば、、そのストーリーそのものが私であると気づくことです。ストーリーは思考であり、、このストーリーを築き上げる思考が私であり、、その内容もしかり、、ストーリーの全現象が本当の私です。そしてそのストーリーの認識も、、その認識を起こす空(不変の自己)も私です。

つまり

この見かけ上の「私」は本当の私の一部でありそのキャリアもキャリアを構成する全てが私です。会社の同僚も私だし、、出会う全てが私です。。つまり瞬間瞬間の現れの全てが私なのです。ですからこの中で求める結果は私によって作られるのです。このストーリー上の私が結果を捨てようと執着しようと、、そのどちらも私です。だからこのストーリー上の私の苦悩と、、悟りとは全く関係がないのです。

もしもあるならば

もしもあるならば、、このストーリー上で私がもう無理と倒れ込み、諦め、、絶望の淵に立った時、、前に進もうという動きが止まり、、、至福(私)への気づきが起こるかもしれません。見かけ上の私はこのストーリーの中で、、霊的進化、人格向上、あらゆる努力を重ねてきたかもしれませんが、、その全てが私なのです。