自我との共存

全く問題ない

いかに自我の仕組みを暴き、、自我の動きを見破っても、、、周囲は自我前提の人間活度をしていますからそこに合わせる必要があります。真実ベースの発言では、、この世界では生きていけないのです。ですから分かったっとて、、、この体の中の「私」を演じる必要があります。一人の時にかつてのような雑念に襲われるようなことはないですが、、会話では当然自我を演じるわけです。

なぜ共存が可能なのか???

自我とは認識されなくては継続できない存在です。自我が自我を認識することは不可能です。自我を認識するのは真我、空、神と呼ばれるような存在であり、、、今までずっとこれをやっていたのです。神が自我を認識してきていたのです、そしてこれからは神が自我を認識していることを認識して生きていくのです。今までは神が自我を認識していることを認識しないで生きていたんです。

左利きと気づかず左利きをしていた

今までは左利きだと気づかないで左利きをしていました。だからどんなスポーツをしていてもなんかやりにくい、バッターボックに立っても打ちにくい、グローブも取りにくい、、、だったんです。これからは左利きと気付いて左利きをやるので、、ストレスがないのです。自我を認識していたのは神であり全感情、全思考を認識、経験していたのは神、空、不変の真我なのだという気づきの中で生きていくのです。

神だと気づかず神をしていた

認識、気づき、経験しているのは神、、、だと気づかずに人間活動をやっていたのを、、、これからは全部が全部神がやっていたんだという気づきの中で人間活動を行います。神が神を自覚して神をやるのです。その中で人間活動が起こり、コミュニケーションが起こり続けます。