人間業界の新常識

悟りとは業界革命

人間業界では「私が居る」という常識を敷いています。「私が居る」を大前提にして社会は成立しているのです。ですが本当はこれは方便であって真実ではありません。「私が居る」という前提で、社会を作り上げることが便利だっただけの話です。本当は「私が居る」という思考が湧き上がりそれが認識されているだけです。誰に????誰でもなく、、ただ認識だけが起こるのです。

全ての思考は認識される

全ての思考はその場で認識されるので、、、「認識した自分」という存在に疑いを持つ者は居ません。ですが本当は認識だけが起こっているのです。思考が起こり認識が起こるのです、認識した自分がいるという新たな思考が起こり、、その認識が起こります。これがカラクリの全てです。「私が居る」というのはこのシステムを利用した錯覚なのです。ですが人間はこの錯覚を「真実」として社会を成立させているのです。ですがこの錯覚を真実と認識すると、、エラーが生まれ、、、それが苦しみとなります。

思考を認識する「存在」

思考を認識する「存在」これが居るのは間違いありません。思考が誰にも認識されなかったら思考は全く気づかれずに、、消え去ります。「ラーメンを食べよう」この思考は確実に誰かに認識されたのです、、では誰だ????それをこれまではこの体の中の「私」としてきました。。。ですが違うんです、、、その認識は「全体」「在る」「意織」が起こしたのです。この現象そのものを起こした大元でそれが起きたのです。

新しい常識

新しい常識が浸透し、古い常識が壊されますと、、、「苦しみ」が無くなります。古い常識では苦しいが基本です、、ですが新しい常識(真実)では「苦しい」がないのです。あるのは無邪気な喜怒哀楽です、真の安らぎの中の喜怒哀楽です、真の平和の中の喜怒哀楽です。